国分寺で最初に訪れたコーヒー店は「イノウエコーヒーエンジニアリング」だと今でも鮮明に覚えている。
大学入試に合格し、春から住むアパート探しの為、東京に住む叔父と一緒に国分寺の不動産屋を巡っていた。どこを巡ったかは今ではあまり覚えていないが、住み慣れた実家の環境とは違う東京での一人暮らしに胸躍らせていた。なかなか良いアパートは見つからなかったが、なんとか一軒だけ気になる物件を見つけてその日のアパート探しを終えた。不動産屋を後にしてコーヒーでも飲みたいと思いながら国分寺南口をふらふらと歩いていた時、見つけたのが「イノウエコーヒーエンジニアリング」だった。
イノウエさんは自家焙煎のコーヒー豆を販売しているお店で、注文が入るたびに選んだコーヒーの生豆をオーダーした人の好みに合わせた焙煎度合いに仕上げてくれる。喫茶がメインではないが250円でホットコーヒー/アイスコーヒーを店内で飲むこともできる。
「いつもエチオピアのコーヒーを飲んでるんですが、なにかオススメはありませんか?」
今、思うと僕のこの言葉がいけなかった。その頃いつも買っている豆はエチオピアだったが、その時はなんとなくオススメを聞いてみた。それから豆の選び方を教えてもらう。焙煎度合が変われば同じ豆でもまったく味が変わる。そして焙煎度合が同じ豆でもコーヒーの淹れ方によって味が変わる。お湯の温度や豆の量、挽き方、抽出量などなど。そもそも、コーヒー豆の種類そのものを変える前にあなたはいろいろ試してみましたか? みたいな話をされたのを覚えている。静かに語るイノウエさんにそっとたしなめられたような気がした。
いきなりそんなことを言われても、と当時の僕はムッとしていたと思う。割と感情が顔に出やすい方なので、きっとイノウエさんも気づいていただろう。でも、せっかくなのでコーヒー豆を購入してみた。それは、エチオピアの深煎り(イノウエさんの焙煎度で5番)だった。家に帰ってからイノウエさんに言われた事をふと思い出し試してみた。たしかに味が変わる。驚いた。コーヒーの淹れ方次第で自分の好きな味探しができることを知った。
「珈琲は嗜好品。だからこそ僕の好みを聞くのではなく、あなたの好みのコーヒーを見つけて欲しい」とイノウエさんが言っていた。
藤田 一輝 コーヒィネーター
香川県丸亀市出身。国立駅の南口在住。大学進学に合わせて上京し東京の西側に住む。現在はデザイン周辺の企画や、コーヒィネーターとして地域や人と人との繋がりをコーヒーでコーディネートする。その他、出張コーヒー、講座・ワークショップの企画を行う。