谷保駅の北側に、ダイヤ街という昭和レトロなアーケード商店街がある。ここは昔ながらの豆腐屋さんや魚屋さん、肉屋さんが並ぶなか、近年おしゃれな生活雑貨のお店やカフェなども融合し始めている、注目のエリアだ。
そのアーケードの一番奥、きしゃぽっぽ公園のそばに小鳥書房という本屋さんがある。元はスナックだったという場所。木枠にガラスとワイヤーでレトロなデザインがされた扉はちょっとした異世界に紛れ込みそうな佇まい。中に入ると木の本棚には厳選された新刊本と古本、本にまつわるかわいい雑貨とピアノが並ぶ。その奥にちょこんと座って仕事をしながら、店番をしている小柄で可愛らしい女性が、ひとりで出版社兼書店を立ちあげた落合加依子さん。名古屋出身という彼女はまだ30代になったばかり! 実は小鳥書房の向かいにある、コトナハウスというコミュニティースペースにも立ち上げから関わっているという、めちゃめちゃアグレッシブな女史なのだ。
かよちゃんは(子供たちからそう呼ばれているそうなので、ここでも親しみを込めて)、実家がピアノ教室や塾を経営していて、学生時代には塾で国語を教えていた。ゲームやサッカーばかり好きな男の子たちは漢字を見るのも大嫌いだったので、楽しんで勉強してもらうために、お話を何人かで一緒に書くというリレー小説を始める。するとやっているうちに、サッカー少年が熱中して4時間もずっとやっていたり、女の子も長編小説を書いて嬉しそうに見せてくれたりする。
「この子たちのこういう顔を見るために人生をかけようと思った」
と、大学卒業後、童話作家になろうと上京、専門学校や児童書の編集プロダクション、大手出版社などを経て2015年4月に前出のコトナハウスをオープンさせた。コトナハウスは近所の大人と子供が誰でも集まって学び合うことができるスペースで、シェアハウスも兼ねている。住人の大人たちと地域の子供たちが、ねんどでお菓子の家をつくったり、料理をしたりと、絵本を現実にしたような居場所をつくりあげた。
その間も出版社で仕事をしていた彼女だが、著名な作家の本ばかりが売れて、一般の人の人生をたどった本はなかなか売れない。せっかくつくてもいつか破棄されてしまう。
「自分が出版社をやっていたら破棄されないんだ!」
と考えた。そこで、コトナハウスオープンの翌年には小鳥書房を立ち上げ、
「この人の人生に寄り添って100年先まで本として残しておきたい」
と思える本づくりを始めた。読者の皆さんは「ひとりで出版社を立ち上げた」と言ってもピンとはこないと思うが、企画・編集・制作・広報・営業・経理をすべてひとりでこなすのは並大抵のことではない。その上、かよちゃんは書店で販売までやっているのだ!
子供も大人も活字離れと言われ、本を手に取る機会が少なくなった。でも、小鳥書房には子供たちがやってきて、部屋の隅の椅子に腰掛けて静かに本を読んでいたり、かよちゃんに自作の物語を見せたりする光景がある。向かいのコトナハウスではTVやゲームやスマホがなくても、絵を描いたりものをつくったりして、想像の力で楽しむ学びあいをしている。かよちゃんは、めいっぱい愛情を込めて本をつくると同時に、本を好きになる子供たちも育てているのだ。こんな華奢な身体のどこから、ここまでの愛情エネルギーが放出されてるのかと思う。
彼女が小鳥書房で制作した本は今のところ3冊。『もっと自分を好きになる 育自のための小さな魔法ノート』『ちゃんと食べとる?』『モノポの巣』だ。この3冊の内容にも制作にもそれぞれステキな物語があるのだが、それは小鳥書房に行って、本を手にとって、本人から直接語ってもらうといい。本に対する愛が心に沁みてあなたも本好きになれるはずだから。今後、かよちゃんがつくる本が楽しみでたまらない。
書いた人:鈴木佳子
実は筆者も出版社で書籍の編集をやっていた経験はある。出版社が薄利多売傾向になって、担当する本の数が増え、一冊一冊に愛情をかけきれなくなって辞めた。他にも子育てとか理由はあるけれど。自分の出版社であれば、1冊を納得いくまでていねいにつくることができる。もちろん出版した本の数だけしか収入はないけれど。その責任まで自分のものだ。これからは小さな出版社の本づくりが面白い本を生む時代になってくると思う。
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